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鉄道車両に関する記事・鉄活動記録の他、模型の紹介なども掲載していきます。

関東鉄道竜ケ崎線~鹿島鉄道 その9

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  KR505とともに、「ほっとパーク鉾田」で静態保存されている、元鹿島鉄道のキハ601です。

元は1936年に川崎車輌で製造された国鉄キハ42032で、1965年から1966年にかけて関東鉄道に譲渡されました。

内外の大改装が繰り返し行われ、流線型の前面形状も平妻され、デビュー当時の面影はなくなってしまいました。

切妻面の前面は、改造さてた当初は貫通扉付きでしたが、1987年のワンマン化改造の際に貫通扉は埋められ、写真のようになりました。

2007年3月末の鹿島鉄道廃止まで営業運転を行っていましたが、改造を重ねてきたとはいえ、結果的に引退時の車歴は70年以上とかなりの長寿命となり、日本国内の気動車としては、営業運転期間の史上最高記録を達成しています。

 

関東鉄道竜ケ崎線~鹿島鉄道 その8

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 竜ヶ崎線でキハ532形を撮影し、静態保存されている4号機機関車を見学した後は、そのまま鉾田市まで足を伸ばし、「ほっとパーク鉾田」に静態保存されている鹿島鉄道の車両を見学しました。

写真の車両は、鹿島鉄道の晩年に主力として活躍したKR500形で、505号機です。1989年と1992年に計4両が導入されました。

新潟鐵工所製の16m級NDCで、デビュー当時はクリーム地にアイボリーとパープルの2色の帯を配した塗装でしたが、2003年に変更が行われ、各車両毎に異なる帯の色が採用されました。

現在、静態保存されているのは、青帯の505号です。

関東鉄道竜ケ崎線~鹿島鉄道 その7

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 かつて竜ヶ崎線活躍していた4号機機関車が、「龍ヶ崎歴史民俗資料館」の構内に静態保存されています。

1925年に川崎造船所兵庫工場で製造されたC形タンク機関車で、1965年まで現役として竜ヶ崎線で活躍していました。

 竜ヶ崎線は、1900年に竜崎鉄道として開業した762mm軌道の軽便鉄道が最初で、1915年に1067mmに改軌しました。

その後、1944年には鹿島参宮鉄道に移譲され、1965年に関東鉄道竜ヶ崎線となりました。

こうした中、4号機機関車は、所属する会社は変わったものの、その生涯をずっと竜ヶ崎線で過ごしました。

 

キハ35 902 (保存車両)

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↑ 碓氷峠鉄道文化むらで保存されるキハ35‐901。

キハ35-900番台車は、国鉄初のオールステンレス車として登場し、当時ステンレス車製造の先駆者となっていた東急車両の製造により、1963年に10両が増備されました。
これは、通勤型であるキハ30系では、ラッシュ時の定員以上の乗車時の重量増加に対して180psのDMH17では出力不足であり、当時問題となっていたが、キハ30では台枠の構造などの関係から大出力機関への換装が難しかったことから、車両の軽量化による走行性能の向上を図ることを目的として、試作的にステンレス車が導入されたものです。
キハ35型900番代車は、台枠から車体鋼体すべてをステンレスとしたのが最大の特徴で、外板は強度を保つためにコルゲート付きとなり、外吊り扉装置カバーは車体いっぱいに延長され、溶接の関係から前面と妻面の側板は30mm飛び出しています。
オールステンレスの車体は、当初無塗装とされ、腐食に強いことから房総西線(現:内房線)や房総東線(現:外房線)の受け持ち区であった千葉気動区に配置されました。
試作車ステンレスのキハ35形900番代車は、0番代車よりも約3トンの軽量化を実現しましたが、この軽量化がパワーウェイトレシオを左右するほどの効果を生み出すほどではなく、コストも割高となることからその後の量産化には至りませんでした。
登場後、しばらくは千葉地区で運用された900番代車ですが、久留里線と木原線(現:いすみ鉄道)を除く千葉地区の電化完了により、1974年に10両全車が高崎第一機関区に転属、八高線や足尾線(現:わたらせ渓谷鉄道)で運用されるようになりますが、このとき無塗装だったステンレスボディは首都圏色に塗装されました。
その後、1987年に6両が廃車され、4両が茅ヶ崎運転所に転属となり相模線で運用されましたが、うち3両が1990年に廃止、残る1両も1991年の相模線電化により休車となり、1995年に廃車となりました。
高崎第一機関区で廃止になった6両のうち、キハ35-901は解体されずに保管されていましたが、現在は碓氷峠鉄道文化むらに移され、静態保存されています。

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↑ 側面のコルゲート、車体いっぱいに延長された外吊り装置が特徴的です。

キハ30 久留里線(旧久留里線塗装)

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↑ 上総亀山駅で出発を待つキハ30。

キハ30は、久留里線では1960年から2012年12月まで使用され、他の路線での廃車・撤退が進む中、晩年では62・98・100の3両が幕張車両センター木更津派出に在籍し、活躍していました。
この3両は、車体更新工事とカミンズ製DMF14HZへの換装が施行されていました。
久留里線の車両は、国鉄時代は首都圏色でしたが、1988年に当時建設中だった東京湾横断道路(現在の東京湾アクアライン)にちなんだクリーム色と青色の塗装に変更され、更に1996年には新しい久留里線色に変更されました。
この新塗装は、薄いグレーをベースとし、窓下に3重の青細帯、窓回りを青緑と青の2色で覆い、前面を運転台窓周りとその上部分を黒く塗ってブラックフェイスとし、貫通扉は黄色となっていました。
キハ37・キハ38は引退までこの塗装で運用されていましたが、キハ30は2009年以降旧国鉄色に変更され、最後まで使用されました。

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↑ 朝一番の下り列車で、発車直前のキハ30。

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↑ 側面の外吊式客用扉がキハ35系グループの大きな特徴となっています。

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↑ 扉付近を車内から撮った様子。

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↑ 座席付近の様子。

 

特集:鉄コレを集めたきっかけ。

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↑ 鉄コレを集めるきっかけとなった銚子電鉄のデハ2両。

このブログでも多数投稿させて頂いていますが、鉄道コレクションは、2005年からトミーテックが発売しているディスプレイモデルの鉄道模型です。

自分が初めて鉄道コレクションを購入したのは、銚子電鉄のデハ301とデハ501でした。

たまたま銚子電鉄を訪問した際に、犬吠駅で売っていたものを見つけて、衝動買いをしたのが、鉄コレを集めるきっかけとなりました。

確か、値段は400〜500円ぐらいだったと思いますが、その安さの割には製品の出来が良く、手頃なNゲージサイズだったことも気に入りました。

その後、第2弾を経て発売された第3弾では、小田急のデハ2200などを買いましたが、更に製品の仕上がりが良くなっているのに感動し、結局バラ売りしていた第3弾の車両を全部揃え(シークレットモデルは除く)、まだ、ネットで販売していた第2弾も箱で購入しました。

自分は鉄道の車両が好きなので、以前はNゲージを集めていましたが、所帯持ち・家や車のローンを抱えるサラリーマンにとって、鉄道模型は高価な「おもちゃ」であり、それほどお金もかけられず、なかなか車両を集めることができません。

お座敷運転でNゲージの車両を動かすのが年に1〜2回程度で、動かすよりも机に並べて鑑賞しているのがほとんどだったので、「動力も室内灯もいらないから、その分車両の値段が安くならないかなぁ」とか思っていました。

そんなこともあって、それ以降は鉄コレばかり集めるようになりました。

後で買い足した第1弾は一部揃っていませんが、第2弾以降は全て箱単位で揃え(シークレットを除く)、オーブンパッケージや事業者限定モデルも気に入ったものを買っています。

しかしながら、最近は鉄コレの値段もかなり高くなっている(10年前に比べて倍近く上がっている)ので、以前のように頻繁に買うことができません。

なるべく、特に気に入ったものだけを厳選して買うようにしています。

 

機関車・客車・貨車 その他(特集)

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小湊鉄道里山トロッコ

里山トロッコ」は2015年秋より上総牛久駅養老渓谷駅の間で週末を中心に運用を開始したです。

SL風の小型機関車が2軸客車を牽引し、のどかな田舎をトコトコ走る姿は心を癒されるものがあります。