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【鉄道車両基礎講座】 その2 動力集中方式と動力分散方式

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 ↑ 貨物列車は一部を除き、基本的に動力集中方式です。

 

 動力集中方式と動力分散方式

前回の記事では、動力分散方式のことを少し説明しました。

鉄道車両を動かす動力の配置の方式については、この動力分散方式の他、「動力集中方式」というのがあります。

動力集中方式とは、列車が1両または2両程度の動力車によって牽引(または推進)される方式のことです。

ブルートレインなどの客車列車や、貨物列車など、機関車に牽引される列車がこれにあたり、この場合は、動力車というのは機関車のことをさしています。

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動力分散方式と動力集中方式を比較した場合、それぞれのメリット・デメリットはいろいろあり、その運用条件や使われ方により、動力車両方式は選択されています。

元々、 鉄道というのは鉱山などで木製や鉄製のレールを敷き、レールに乗った車(貨車)を馬や人力で運んでいたのがその原点で、その後、鉄製のレールの上を蒸気機関車が貨車を牽引するという形で本格的な鉄道輸送が確立されました。

初期の鉄道というのは、機関車が貨車や客車を牽引するという、動力集中方式であり、これを基本として鉄道は発展してきました。

 そのような歴史的背景もあり、世界的には多くの国が、旅客列車・貨物列車ともに動力集中方式を採用していて、動力分散方式は、近年までは主として路面電車や地下鉄などの都市内鉄道で採用されているに過ぎませんでした。

 日本の場合は、旅客列車については、第二次世界大戦後から、幹線の長距離列車においても動力分散方式を積極的に推進してきました。

 

高速鉄道と動力分散方式

ところで、動力集中方式と動力分散方式について議論されるとき、日本の新幹線とフランスのTGVの違いが引き合いに出されることがよくあります。

1964年に東海道新幹線が開業し、最高速度210km/hの高速列車が営業運転を開始すると、日本の新幹線は世界の高速列車の代名詞となりました。

しかしながら、1981年にフランスのTGVがデビューし、パリ-リヨン間を最高速度260km/hで営業運転を開始したことで、両国間のスピード競争が激しくなり、新幹線の更なるスピードアップを促すきっかけともなりました。

 このうち、日本の新幹線は動力分散方式を採用しており、0系車両は16編成全電動車(オールM)、1985年に登場し最高速度が220km/hとなった100系は12M4Tと付随車を連結し、1992年に登場した300系では10M6Tの編成で、最高速度は270km/hに引き上げられました。

一方、フランスのTGVでは動力集中方式が採用されています。

基本的には10両編成ですが、編成両端2両の動力車と中間の付随車2両で組成されています。

動力集中方式の場合、客車の製造コストは低く客室内の静粛性も非常に高いのですが、加速性能については動力分散方式よりも劣ります。

 一般的には動力を搭載している車両の多い動力分散方式の方が保守の手間がかかるとされてきましたが、技術発達により保守もかなり軽減され、軸重が分散し軌道に与える影響が少ない、回生ブレーキの効果が高いなど、近年になって動力分散方式の方が有力となりつつあることから、ヨーロッパにおいても、動力分散方式の車両が普及する傾向にあり、フランスのTGVでも次世代の後継車両は動力分散方式を予定しているそうです。

 

日本の鉄道と動力分散方式

上記でも記載しましたが、近年の高速列車では動力分散方式が普及しつつあるとはいえ、世界の多くの国々では動力集中方式が主流となっています。

 これに対して、日本は電車・気動車などの動力分散方式が主流となっている世界的にも稀な国で、電車大国と呼ばれたりすることもあります。

(日本以外では、イタリアも動力分散方式が主流です。)

ところで、かつて日本の鉄道は動力集中方式が基本で、旅客・貨物輸送とも蒸気機関車牽引による列車の運行がそのほとんどでした。

戦後においても、1958年の国鉄営業キロ約2万キロに対して、電化されていたのは約2,200キロ程度であり、非電化区間のほとんどが蒸気機関車によるものでした。

エネルギー効率が悪く、手間もかかり大量の煙により安全性や快適性に問題のある蒸気機関に対して、これを電動機や内燃機関に置き換えていくことを動力の近代化といいます

動力の近代化は、イギリスやオーストラリア・アメリカなどの発展先進国ではすでに推進されていましたが、当時の日本国鉄でもこのことが検討されていました。

そして、既存の電化路線に加えて15年計画で主要幹線5000キロを電化し、残る非電化区間ディーゼル化して蒸気機関を廃止するという「動力近代化計画」が打ち出され、1960年から実行に移されました。

これにより、電化とディーゼル化が進められ、15年後の1975年に国鉄蒸気機関車はすべて営業運転から引退となりました。

この動力近代化計画において、蒸気機関の撤廃とともに、もう一つの計画の柱として掲げられたのが、旅客列車の動力分散方式への移行・推進(動力方式の近代化)でした。

動力近代化計画の中で、動力分散方式が選択された理由としては、日本の鉄道は山岳路線が多く地盤が比較的軟弱であるという厳しい条件があります。

動力集中方式(機関車方式)の場合、機関車の重量が客車などに比べて重量(軸重)極端に重く、軌道に与える影響は非常に大きくなります。

地盤の軟弱な地域での高速走行では振動が大きく、橋梁なども許容荷重を大きくとる必要があります。

また原理的に、全体の牽引力が許容軸重と機関車の動輪数で制限されるため、起動加速度は動力分散方式よりも悪く、曲線通過性能や登坂能力も低いため、機関車が空転すると立ち往生してしまう問題もありました。

更なる輸送力強化や列車の高速化を図る上では、動力集中方式では大きな軸重を支える軌道の強化に多額な資金が必要となり、こうしたことも含めて総合判断し、動力分散方式が選択されました。

民間私鉄などでは、電化区間では当初から電車(=動力分散方式)を採用していた路線が大半です。

都市部などでは、運転密度を高い列車の運用が求められますが、動力分散方式では列車の折り返し時に機関車の付け替え(機回し)が必要となり、時間的なロスに加えて機回し線などの構内用地確保も必須となります。

こうしたことも、特に都市部において早くから動力分散方式が普及した理由となります。