CHIBA TRAIN NET

鉄道車両に関する記事・鉄活動記録の他、模型の紹介なども掲載していきます。

上越線~吾妻線訪問(2014年8月)その1

f:id:chibatrain:20171029140208j:plain

 ★旧ブログの過去の記事から、2014年8月に上越線吾妻線を訪問したときの記事をまとめました。

 2014年8月、鉄仲間と群馬方面を訪問しました。

この時のコースは、高崎からSL「みなかみ」号で「水上」まで行った後、渋川まで戻り、吾妻線に乗るというもの。

写真は、当時高崎地区のローカル輸送で活躍していた115系と107系です。

今回の旅でお世話になった車両ですが、ともに国鉄型のフアンにとっては嬉しい限り。

 

f:id:chibatrain:20171029140212j:plain

高崎駅に停車中の115系です。

高碕地区の115系は、首都圏に残る国鉄型の純粋な湘南色の電車として貴重なものでした。

当時、高崎車両センターの115系は全て1000番台で、2014年4月現在では3両編成11本、4両編成11本が配置され、上越線信越本線両毛線吾妻線で運用されるほか、一部で宇都宮線での運用もありました。

日中は3両または4両編成の単独ですが、朝や夕方のラッシュ時間帯は2編成併結の6~7両で走っていました。

 

f:id:chibatrain:20171029140216j:plain

 上越線の上り列車で運用中の115系です。

1000番台車は、300番台車をベースとしたシートビッチ拡大車で、上越線信越本線などの寒冷地や降雪地域での運用を考慮した、対寒対雪強化構造が施行されたグループ。

1977年から1982年にかけて製造され、既に30年以上が経過しており、国鉄型車両の淘汰を進めているJR東日本の車両の動きを考えると、既にいつ引退してもおかしくない状況でした

E233系近郊型の投入で発生した211系は、房総への209系投入で捻出された211系と合わせ、豊田車両センターや長野地区の115系置き換えに優先して転用されました。f:id:chibatrain:20171029140219j:plain

 上越線の下り普通列車で使用される107系100番台、渋川駅を到着するところを撮った写真です。

今回の旅では、この車両にもお世話になりました。

当時は、2両編成19本が高崎車両センターに配属され、ほぼ115系と同じ区間で運用されていました。

台車、主電動機、ブレーキや冷房装置など、主要機器のほとんどを、165系などの廃車発生品で再利用しているため、老朽化は115系以上だったかも知れません。

f:id:chibatrain:20171029140222j:plain

 今回の旅では、まずは高崎から「SLみなかみ」号で水上に向かいました。

「SLみなかみ号」は、これまで2回程追いかけて撮ったことはありましたが、実際に乗るのは初めてでした。

撮ることに夢中になり過ぎると余裕がなくなるので、今回はのんびりと旅を満喫することにしました。

この列車は、もう何年も運転を続けており、すっかり高崎の看板列車として定着した感があります。

SL列車とはいって他路線で運転されるイベント列車とは異なり、シーズンになれば週末であればいつでも乗れるということもあって、車内も比較的空いていました。

f:id:chibatrain:20171029140253j:plain

「SLみなかみ号」は渋川駅で30程度停車、その間乗客はホームに降りて先頭のD51をホームから見たり、その前で記念撮影したりします。

やはりSLは人気者です。

ところで、この日の先頭は予定ではC61でしたが、不具合が発生し運用から外れ大宮に入院してしまった為、D51に変更になったようです。

D51もこの前の年に不具合で一度離脱しています。

SLを動態保存で運用維持するのは、一般利用者の想像よりもはるかに大変なものかも知れません。

関係者の苦労に感謝です。

f:id:chibatrain:20171029140256j:plain

 D51-498の運転台側面の写真です。

SLは、こういう部分も写真を撮りたくなってしまうので不思議です。

D51-498は、あの由緒ある鷹取工場で作られた機関車なんですね。

製造は1940年なので、70年以上前に作られた機関車が、今もこうして現役で活躍していることになります。 

f:id:chibatrain:20171029140259j:plain

この日、SL「みなかみ号」で使用されていたのは12系客車。

高崎の12系客車は、外観は概ね国鉄時代のままで、塗装もブルーに白い帯の入ったものです。

自分が子供の頃は、全国至る所で活躍し、珍しくもなんともなかった車両ですが、今となってはSL同様に貴重な存在です。

子供の頃、柏に住んでいた私は、週末になると所用でよく土浦に行っていたのですが、当時常磐線では、行楽シーズンになると12系を使用した臨時急行列車が走っていて、度々この列車に乗っていました。

当時はほとんど鉄道や車両に関する知識がなく、「ブルートレインに乗った」と言って喜んでいたのを覚えています。

 

f:id:chibatrain:20171029140303j:plain

12系のドアとサボ付近の写真です。

この辺のデザインも14系や24系などを連想させます。

現在は、もう一部の車両基地にしか残っていない12系客車ですが、高崎車両センターにはオハ12が4両、フハフ12が2両、つまり今回乗っているこの編成のみが残っていることになります。

厳密には、この他にSLの保守部品などを積んで連結されるオヤ12も1両あるので、12系の保有車両数としては7両です。

12系客車はここでしか見られないという訳ではありませんが、他の12系は外観や形状、車内設備などを大幅に改造したものも多く、原形に近い塗装や形状で残されているこの12系 は貴重な存在です。

f:id:chibatrain:20171029140307j:plain

12系客車の座席です。

車内はデッキ付きで写真のようなボックスシートが配列されている、往年の急行形スタイルで、私のような昭和世代にとっては懐かしい限りです。

末期に改造されたジョイフルトレインなどは別としては、もともと12系客車は臨時列車などでの運用を想定して導入されたこともあり、グリーン車の設定はなく、普通車のみとされました。

その為、荷物車、グリーン車、寝台車内などの従来車との連結も可能で、蒸気暖房や電気暖房などの引き通し線も装備さへたそうで、現に国鉄時代にはこれら雑系客車と12系客車が併結された急行列車も存在しました。

f:id:chibatrain:20171029140326j:plain

651系、「スーバーひたち」ではなく、特急「草津」です。

まさかの転身で、従来使用されてきた185系を置き換える形で、この年の3月のダイヤ改正から651系で運用され、特急「草津」は、上野-万座・鹿沢口駅間を走っています。

特急「草津」の前身は1960年に草津温向けとして上野-長野原(現:長野原草津口)間にで運用を開始した臨時準急列車です。

その後、定期列車になったり、急行になったりといろいろあったのですが、1985年に同じような区間て運転されていた特急「白根」を吸収する形て急行「草津」が特急に格上げされたのが、今に近い姿です。(当時は「新特急」という列車種別でした。)

185系時代は上野-水上間で運転されていた特急「水上」と上野-新前橋間で併結運転をしていました。

f:id:chibatrain:20171029140330j:plain

後追いの写真です。
直流~交流区間を跨ぐ常磐線で使用されてきた651系は、高崎地区への転用に際し電動車の直流化改造・パンタグラフシングルアーム式への交換・交流機器の一部撤去などが行われ、側面窓下に橙色の帯が追加され1000番台車となりました。

一部の車両では、先頭部へのスノープローの取り付けや空調装置のインバータの交換なども実施されています。

このときは、基本7両編成(4M3T)6本と付属4両編成(2M2T)3本の計54両が大宮総合車両センターに配属され、特急「草津」「あかぎ」に使用されていました。

「上越線~吾妻線訪問(2014年8月)その2」へ続く。