★旧ブログの過去の記事から、2013年11月に南武支線経由で鶴見線を訪問したときの記事をまとめました。
この頃、ちょうど製作中のNゲージレイアウトで貨物ヤードのプランを練っていたこともあり、実際の施設などを参考にしようと思い、鶴見線を訪問しました。
ここから浜川崎経由で鶴見線に入りました。
写真は、南武支線専用で尻手駅-浜川崎駅間で使用されている205系1000番台の2両編成。
かつてはクモハ11+クハ16の17m級旧型国電が運用され、その後2003年までは101系が走っていました。
ここ専用の205系は、中間車ユニットの両端を先頭車改造したもので、前面顔は無機質ののっぺらぼうです。
南武支線側の浜川崎駅は、1面2線の島式ホームで、1・2番線が割り当てられていますが、1番線のホームは使用されておらず、実質1線のみです。
写真は、駅舎側から列車の到着しているところを撮ったものですが、このように終端部が車止めになっていて、その先に(写真だと手前に)トイレと駅舎がありました。
写真左手の複線は東海道本線の貨物支線、その手前の複線で右上の方に伸びている路線は、その先が鶴見線の扇町方面に続いています。
訪れたのは平日の日中でしたが、このとき貨物列車は見かけませんでした。
列車が出発した後 、自分以外には利用客も駅員も誰もいませんでした。
複雑に敷かれた線路から、この駅の全盛期の状況を伺い知ることができますが、それだけに寂しさを感じました。
ホームからの続く屋根や柱、改札など、昭和の駅の雰囲気満載です。
浜川崎駅は南武線と鶴見線の乗り換え駅になっていますが、南武線と鶴見線の駅舎は道路を挟んで別になっていて、乗り換えるにはいったん改札を出なければなりません。
これは、鶴見線と南武線がかつては別々の鉄道会社(民間私鉄)だったことの名残です。
南武線は南武鉄道、鶴見線は鶴見臨港鉄道が建設し、それぞれが戦時買収で国有化されて国鉄に編入されました。
南武線の浜川崎駅は尻手が管理し、鶴見線の浜川崎駅は鶴見線営業所が管理していますが、どちらも無人駅です。
跨線橋の道路とは反対側にはJFEスチール東日本製鉄所専用の出入り口となっていて、一般の人は入れません。
川崎駅の鶴見線ホームに列車が到着するところです。
鶴見線(鶴見ー扇町間)では、日中は鶴見ー浜川崎間での運用が中心で、浜川崎より先の扇町まで走る列車は2時間に1本程度しかありませんでした。
多くの列車は浜川崎駅折り返しとなりますが、折り返し列車は、3番線(下りホーム)に到着し乗客を降ろした後、いったん扇町方面に引き上げて本線上で折り返してから、あらためて4番線(上りホーム)に入線します。
鶴見線は旅客よりも貨物輸送がメインで(といっても貨物輸送も衰退してしまいましたが)、埋立地最先端にある扇町駅周辺は、工場以外何もなく、利用客は従業員や工場・企業関係者ぐらいしかいないのでしょう。
旅客用としては1面1線の単式ホームで無人駅。
列車は平日でも日中は2時間に1本のみで、到着するとあまり時間をかけずにすぐに折り返してしまいます。
大都市の中のローカル駅といったところです。
扇町駅の駅舎です。
三井専用線から貨物列車の運行が行われているため、貨物列車の取り扱いのための作業員はいますが、改札業務は行われておらず、旅客駅としては無人駅です。
因みに、この駅は猫さん達がたくさん集まり、その撮影スポットとしても有名だそうです。
扇町駅の旅客用ホームから、その後ろを鶴見駅方面から撮った写真です。
写真のように、ホームの後ろには貨物用の複線と引き込み線が敷設され複線は駅の先にある三井埠頭敷地内まで伸びているいます。
最盛期にはここに沢山の貨物列車が止まっていたものと思われますが、この日は平日の日中にもかかわらず、写真のように貨車は1両も止まっていませんでした。
鶴見線の衰退、というよりは鉄道貨物輸送の衰退を感じました。
貨物線の線路は、扇町駅の旅客用ホームよりもさらに先の埠頭方面に伸びて、写真のようになっています。
残念ながら、この先は三井埠頭の専用線となり、一般の人は入れないので、どのようになっているのか分かりません。
どのような機関車が働いているのか、非常に興味あるのですが…
現在は、ホキ1000を使用した秩父太平洋セメント向けの、工場燃料用コークスの輸送が行われていますが、ここの貨物輸送はこれだけです。
かつては昭和電工や三菱石油・昭和石油・日本鋼管などの専用線もありましたが、現在これらの貨物取扱はありません。
扇町駅の構内で、三井埠頭側から浜川崎方面を撮った写真です。
右側の方には旅客用ホームがあります。
本線は複線で右の方に曲がりくねっていますが、三井埠頭からの貨物列車はおそらくここを通過するものと思われます。
左手には何本か引き込み線がありますが、全く使われていないのか、雑草で覆われています。