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鉄道車両に関する記事・鉄活動記録の他、模型の紹介なども掲載していきます。

【活動記録】上信電鉄(2017年12月)

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 ★当ブログの過去の記事を再編集し、2017年11月に上信電鉄を訪問したときの記事をまとめました。

上信電鉄は、2017年の8月に一度訪問しましたが、その後JR東日本で引退した107系が譲渡されるというニュースもあり、今後淘汰されるであろう車両を今のうちに撮っておこうと思い、再度12月に訪問しました。

写真は、高崎駅に隣接する上信電鉄本社前の車両基地です。

次にここを訪れたときに、車両基地で休む車両やその様子がどのように変わっているのか。

107系の導入により、既存の150形や200形あたりは、老朽化も著しいので引退しているかも知れません。

また同じ場所で写真を撮りたいと思います。 

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JR東日本で廃車となった後、上信電鉄に引き取られた107系です。

上信電鉄は、かつては200形や1000形など、自社発注車も積極的に導入していましたが、1980年以降はモータリゼーションの影響もあり収益が低下したことから、再び中古車を導入するようになりました。

2012年から 2013年にかけて7000形2両1編成が新製されましたが、これは沿線の富岡製糸場世界遺産登録が決まり、自治体から資金が調達できた為に可能となったもので、他の老朽車を新車で置き換える余裕はありません。

107系は、2両運転が可能な3扉車でワンマンも対応可能で、上信電鉄線の運用にはピタリとハマります。

使い勝っての良い同一形式の車両が一度に大量に入手でき、さらにお隣から譲渡なので車両の回送費用もほとんどかからないですね。

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訪問したときは、譲渡された107系がいつ頃から運用を始めるのか情報がまだ分かりませんでした。

その後、2019年3月から上信電鉄700形として1編成目が運用を開始、更に5月に2編成目も運用を開始しました。

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前回は吉井駅で降りて列車を撮ったのですが、同じ場所ではつまらないので、今回は上州福島駅で途中下車して、ここでしばらくカメラを構えることにしました。

駅舎は写真の通り、小さいながらも形の整った、三角屋根の立派な作りで、鉄道模型のストラクチャーでお手本になりそうな感じです。

吉井駅これと似たような雰囲気の駅でしたが、上信電鉄にはこんな感じの駅が多いような気がします。

駅構内の高崎寄りには、大正時代に作られたという変電所があり、その近くには蒟蒻畑で有名なマンナンライフの工場もありました。

自分はその近くで列車の写真を撮りました。
この日はとても寒く、凍えるようでした。 

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上州福島駅では、最新鋭の7000形を、撮影しました。

7000形は、富岡製糸場世界遺産登録に絡み、行政側の支援により導入が実現した自社発注の新車で、IGBT素子のVVVFインバータ制御、かご形三相誘導電動機、ボルスタレス台車など、他のローカル私鉄が羨むような今どきの新しい機器を搭載しています。

観光用途を考慮し同鉄道で唯一のセミクロスシート仕様となりました。

7000形は1編成しかないのが残念ですが、新車を増備するのは経営的にかなり厳しく、残る老朽車の置き換えはJRから譲渡車での対応となってしまいました。 

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上信電鉄150形の「しまうま」編成(第2編成)です。(本当は「ホワイトタイガー」をイメージしたデザインだそうです。)

元西武801系で、1968年製造なので、車歴は 50年以上の高齢車両です。

ただし、1994年に西武鉄道から上信電鉄に譲渡される際に、4両編成から先頭車の運転台を中間電動車に移植する形で2両編成に短縮されています。

最近では車歴が 10年から 20年程度の車両でもより新しい車両に置き換えられ廃車になってしまう例も少なくありませんが、本来電車の寿命というのはもっと長いものであることを、改めて思い知らされます。

今回、JRから上信電鉄に譲渡された107系は、1988年間以降の製造なので車歴は  30年程度。

完全な新製車ではありませんが、老朽化した主要機器を新しいものに取り替えれば、また 20年ぐらいは運用出来るかも知れません。 

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上州福島駅に留置される2両の貨車です。

おそらく、かつて上信電鉄保有していたテム1型テム2号とテム3号と思われます。
国鉄テム300形の同形車で、石灰(袋詰め)の輸送用として10両が在籍していました。

小さな駅の構内では目立つ存在で、上州福島駅のローカルムードをいっそう盛り上げています。

これと同じ貨車を下仁田駅でも見かけました。 

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上信電鉄500形の第2編成です。

以前はなかった真っ赤な派手な塗装ですが、2016年 4月ぐらいからこの塗装で走っているそうです。

500形は、元西武の新101系で2両編成2本が在籍しています。

新101系は、他にも流鉄や三岐鉄道近江鉄道伊豆箱根鉄道などで運用されていますが、この真っ赤なマンナンライフ塗装が一番派手ですね。

500形は、元JR107系が運用を開始した後も生き残るものと思われます。 

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上州福島駅での列車交換の様子です。

左は 元西武801系の150形の第3編成。

右は自社発注車の6000形で、現在は白を基調とし赤でアクセントをつけた、群馬日野自動車塗装となっています。

こうして見ると、上信電鉄では様々な個性的な車両が様々な塗装で運用されており、バラエティに富んでいますので、訪問しても飽きることがありません。

107系導入後も、写真右の6000形は残るものと思われます。

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上州福島駅で1時間程度過ごした後、終着駅の下仁田駅に向かいました。

写真は、千平駅下仁田駅の間にある赤津信号場で停車中、下仁田駅方面からの上り列車がやってきたところを撮ったものです。

上信電鉄線には、駅とは別に3つの信号場があり、 列車本数の割には結構高い頻度で列車交換が行われています。

信号場そのものはそれほど珍しいものではありませんか、上信電鉄線は他のローカル私鉄線に比べれば設置数は多いです。

千平駅は1面1線の駅で列車交換ができず、赤津信号場がなければ、上信電鉄線末端の南蛇井駅下仁田駅間の5.5キロ区間は列車交換ができません。

この区間は多少勾配もあり、かつては急行や快速運転も行なっていたことから、ここに信号場を設けたのかも知れません。  

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下仁田駅では、茶色のデハ204とアイボリー地に緑ライン塗装のクハ303がペアを組んでホームに止まっていました。

通常、デハ204は同じく茶色に塗装されたクハ304とペアを組み運用されているのですが、今回訪問したときは組み合わせが変わっていました。

デハ204とクハ304は、1969年に製造されたベテラン選手ですが、非冷房の為、107系に置き換えられて廃車となる公算の高い車両です。
もしかしたら、自分にとっては今回が写真を撮れた最後の機会だったかも知れません。
茶塗装は新鮮ですね。 

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150形第1編成や200形など、ずらりと古い電車ばかりが並ぶ下仁田駅の構内です。

下仁田駅は 1897年(明治30年)に開業し、100年以上の歴史を持つ由緒ある駅です。

構内の広さやそのレイアウトから、当時は貨物輸送がかなり盛んであったことを伺い知ることができます。

上信電鉄は、現存する日本の民間私鉄(大手私鉄以外)路線の中では、伊予鉄道に次いで2番目に古い路線だそうです。

その施設や雰囲気から感じるレトロな印象は、その歴史の深さからくるものかも知れません。 

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上信電鉄の車両は、広告車も含めて各車両毎に様々な塗装がされ、バリエーションも多いので、標準色が何色か分からないですね。

それでも、最近は白地に緑のラインを用いたデザインの塗装を施した車両が増えているので、これから今の標準色かも知れません。

上信電鉄の車両は、戦前は茶色の単色塗りで、1950年代はマルーンに クリーム色を用いたもの、その後はコーラルレッド(珊瑚色)を基本にしたものが、ずっと続いていました。

その間、新製された1000形や250形、6000形などは、白地に派手でカラフルな塗装でデビューしました。

ローカル私鉄で派手な塗装の車両を走られるのは、上信電鉄が先駆者といっても良いと思いますが、最近では珍しくなりましたね。 

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下仁田駅構内で止まっているモーターカーです。

かつての200形などと同じコーラルレッドで塗装された事業用車で、保線用機械という扱いなっているようです。

1971年に開発された富士重工業製のTMC200-C形で、185馬力のターボ付きエンジンを搭載しています。

25‰の急勾配を15km/hで60t牽引できる能力を持っているそうです。

「土シーキモ57」という標記されていますが、その詳細は不明です。 

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地方のローカル私鉄でもよく見かける、バラスト散布には欠かせない事業用のホキ801です。

国鉄のホキ800形で、1958年から1974年にかけて全国で 1,066両が製造されました。

さらに、東武鉄道ホキ1形など、同一設計で民間私鉄などが発注したホキも存在します。

上信電鉄のホキ801は、元国鉄のホキ1783で、1988年にJR東日本から譲渡されたものです。

バラスト散布の際は、両運転台のデハ205などが牽引して作業が行われているようです。