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鉄道車両に関する記事・鉄活動記録の他、模型の紹介なども掲載していきます。

【活動記録】わたらせ渓谷鐵道(2014年8月)

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 ★旧ブログの過去の記事から、2014年8月にわたらせ渓谷鐵道を訪問したときの記事をまとめました。

わたらせ渓谷鐵道(以下:「わ鐡」と記載)を訪れたのは20148月末、この日はあいにくの曇り時々雨でした。

東京(千葉)からは東武線経由で相老駅から入るルートもありますが、今回は 18切符で桐生まで行って、起点からのんびりと乗ることにしました。

桐生駅は JR伊勢崎線の中間駅で、1983年から1985年にかけて高架化の実施に合わせてリニューアルしたため、歴史は古いのですが、構内が2面4線の近代的な高架駅となっています。

わたらせ渓谷鐡道線は、桐生駅ー下新田信号所間の 1.7km を両毛線施設の共用していて、列車は1番ホームを使用しています。

写真は上り列車が桐生駅に到着するところです。

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わ-310形の2両編成による列車です。

わ鐡の列車は、一般の列車はこのような 16m 級のディーゼルカーで運用されています。

車体の塗装は、茶色系の塗装(あかがね色)で、旧客などとは若干異なる色です。

非常に地味な塗装のようですが、国鉄時代から引き継いだクラシックな設備も多く、山あいや渓谷といった自然の中を走るこの路線には非常に似合っています。

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これから乗車する列車が桐生駅で出発を待つ様子です。

桐生駅はホームも結構長いそれなりに大きいのですが、その割には人影が少なく、コンコースや改札口付近もお店がなくてひっそりとしています。

1両~2両編成の短い「わ鐡」の列車は、そんな駅のホームの片隅で、申し訳なさそうに停車していました。

駅や改札口が JRと共用となっているのは、足尾線時代の名残りです。

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桐生駅から2つ目の相老駅での列車交換の様子です。

「わ鐡」のダイヤはあまり把握していませんが、相老駅て列車交換をするパターンご多いようです。

駅は2面2線の相対式ホームで、昔ながらの低いホーム。

ホームに屋根がないので、雨の日は大変ですが、晴れていれば、「わ鐡」の車両をウオッチするのに最適です。

上り線と下り線の間が結構離れていますが、おそらく間にもう一つ側線があったのでしょう。

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写真は、相老駅に停車する、わ89-314 です。

相老駅は、東武鉄道桐生線の乗り換え駅で、特急「りょうもう」も停車することもあって結構乗り換え客が多いです。

両者ではわたらせ渓谷鐡道の方が古く、1911年(当時は足尾鉄道)の相生駅して開業、翌年に駅名が相老に変わりました。

駅名の由来は所在地の相生村から来ていますが、そのまま使用すると兵庫県相生駅と重なることから、後ろの「生」の時を「老」に変更したそうです。

駅の改札口はわたらせ渓谷鐡道と東武鉄道と共用していますが、駅業務はわたらせ渓谷鐡道が行っています。

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大間々駅で見かけた、わ89-302 、丸目のちょっとかわいい車両です。

訪問した時点では、「わ鐵」開業から使用されてきた車両のうち、最後まで残っていたのがこの1両でしたが、この後すぐ廃車となってしまいました。

貴重な写真です

「わ鐡」が JR東日本から経営を引き継ぎ開業したのは 1989年3月29日です。

自分にとっては、この路線はまだ「足尾線」のイメージが強く、第3セクターへの転換がついこの間のように思っていました。

もう当初からの車両は老朽化により廃車になっており、時の流れの早さを実感しました。

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300形(わ89-302) は、開業時に同時に導入された、わ89-100形及び 200形(15m級のレールバス)より全長が 1m 長い 16m級の車両でした。

この車両は、富士重工業製が各第3セクターなど地方私鉄向けに開発した LE-DC と呼ばれ、レールバスと異なり、車体工法がバス車両工法ではなく軽量鉄道車両工法に基づいているため、屋根がより深くなっています。

これと同様の LE-DC は、信楽高原鐡道やのと鉄道甘木鉄道明智鉄道、樽見鉄道など、多くのローカル私鉄に導入されました。

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わ89-302 は、駅構内の給油と洗車の設備の位置で停車し、ドアを開けてここでしばらく休んでいました。

車庫はこの先にあるようです。

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大間々駅の駅舎です。

ここは、本社と車両基地のある「わ鐡」の中心地で、2面2線のホームと車両基地を有していますが、DE10 牽引のトロッコ列車はこれとは別に設けられた専用ホーム(頭端式)から発着します。

駅前は広く、大型バスなどの駐車が可能、シーズンには貸し切りバスでここまで来てここから「わ鐡」に乗る人も多く、改札口や乗り場もかなり混雑するそうです。

トロッコ列車(客車)も桐生には乗り入れず、ここが起点となります。

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大間々駅の1番ホームから足尾方面を撮った写真です。

桐生から大間々駅までは、桐生市の住宅地を通りますが、この間の地元の通勤客や利用客も多く、この間の区間列車も多く設定されています。

「わ鐡」の見どころはこの先の大間々駅を出発してからです。

ここから先は列車の本数も減り、週末の臨時列車を除くと日中は1時間半から2時間に1本程度の運行となります。

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DE10 牽引の「トロッコわたらせ渓谷号」は、写真のように大間々駅の駅舎側に専用ホームから出発します。

機関車の着まわしは、おそらく列車が止まる手前のポイントで行うものと思われます。

この写真は、大間々駅の先にある踏切から撮ったものです。

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大間々駅の足尾側にある一つ目の踏切から、さらに少し足尾寄りに進んだ場所で、「トロッコわたらせ渓谷号」を待つことにしました。

遠くの方に小さく列車が出発したのが見えます。

こうしてカメラを構えて列車を待っているときが、一番緊張するし、ワクワクします。

でも、気合入れてカメラを構えているときに限って、上手く写真が撮れないものです。

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列車が通過しました。

機関車が牽引する列車は、蒸気機関車でなくてもこうした走り去る車両は様になります。

「トロッコわたらせ渓谷号」で使用される客車4両編成のうち、トロッコ列車はそのうち真ん中の2両ですが、この車両は、元は京王線で通勤客を乗せて活躍していた電車を改造したものです。

この日、この後にかなり強い雨が降ったのですが、トロッコに乗ったお客さんは濡れなかったのかな?と要らぬ心配をしてしまいました。

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国鉄色の DE10-1678 は、大間々駅の車庫で寝ていました。

国鉄時代は北海道や磐越西線などで活躍した寒冷地使用車で、「わ鐡」には 2000年に導入されました。

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 大間々駅で「トロッコわたらせ渓谷号」を撮影した後は、後続の下り列車で先に進みました。

写真はわたらせ渓谷鐡道の神戸(こうど)駅です。

ちらっとしか見えないのですが、ここにはもと東武1720 系の車両を利用したレストランが併設されています。

駅舎は大正時代に建てられ、とても風情のあるものだそうですが、今回は時間の関係で立ち寄ることができませんでした。

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写真は、どこの駅かはっきり覚えていないのですが、おそらく沢入駅かと思います。

列車交換による停車の間にホームに降りました。

この日はあまり天気に恵まれなかったのですが、ちょうどこの駅に停車したタイミングでは雨はあがりました。

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足尾方面から上り列車がやってきたところを撮った写真です。

この先、沢入駅から原向駅までの区間には、「わ鐡」の中でも最も急勾配の区間があり、その途中にある「坂東カーブ」と言われる急曲線は、国鉄時代でも最急カーブと言われたそうです。

通常「わ鐡」の列車は平均速度 40km/h ですが、この区間を通過する下り列車速度は30km/h が限界です。

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足尾駅に到着。

「わ鐵」の最終駅はもう一つ先の間藤駅になるのですが、時間の都合により今回はここで下車し、折り返すことにしました。

終着駅となる間藤駅はここからわずか 1.3km先にあるのですが、スケジュールが合わず、次の機会に訪問することにしました。

桐生駅から足尾駅までの営業キロは 42.8kmで、所要時間は片道1時間半前後。

「わ鐡」の旅は結構長いですね。

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足尾駅の駅舎です。

1912年築でかなり古い建物ですが、その割には意外と綺麗で、朽ち果てているイメージは全くありませんでした。

待合室の中も広く、かつては多くの利用客で賑わってきたことを伺い知ることができます。

出札窓口や手小荷物用の窓口もかつてのままと思われる状態でそのまま残っていて、いつでも使えるような状態ですが、残念ながらカーテンは閉まっています。

駅の窓口業務は 8:00 から 9:40 までしか行われておらず(冬季は火曜日のみ)、全くの無人駅ではありませんが、やはり利用客が少ないので仕方ありません。

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足尾駅構内の桐生方面を撮った写真です。

山間に作られた非電化で昔ながらの構内設備はとても風情があって、いまにも C12牽引の混合列車が走って来そうな雰囲気です。

駅構内は2面2線のホームを有し、現在はこのほかにもう1線、留置線を使用しています。

このうち、駅舎側が上り桐生・大間々方面用、反対側が間藤方面です。

駅舎と反対側の敷地の留置線は、かつては機関車や貨物列車などで賑わっていたと思われます。

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足尾駅構内の間藤方面を撮った写真です。

かつて貨物列車を運行していた名残か、駅構内の待避線の長さが意外と長いのですが、現在は列車の待避などはありません。

左手に「トロッコわたらせ渓谷号」の5両編成(機関車を含む』が休んでいますが、終着の間藤駅は1面1線で機回し設備もない為、足尾駅が止まりとなっています。

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足尾駅の駅舎の奥には、元貨物列車用のホームが残され、ここにキハ30-35とキハ35-70の静態保存されています。

この2両は 1996年に高崎で廃車になったのちに入線したもので、一時はかなり保存状態が酷かったのですが、2009年に再塗装され、キハ30 はツートンの旧国鉄色、キハ35 は首都圏色で復元されています。

手前の貨物列車用のホームは写真のようにしっかりと残っていました。

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キハ30等と一緒に2両のタキが足尾駅構内で保存されています。

写真はそのうちの1両、タキ35811です。

タキ35000 形式は、1966年から1972年までに 1,108 両が製造された 35t 積みのガソリン専用のタンク車です。

タキ 35811は、晩年は安善から拝島までの米軍向け燃料輸送などて使用されていましたが、2008年に廃車となり、貨物鉄道博物館に譲渡され、以降足尾で保存されています。

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タキ29312 です。

タキ 29300形式は、1976年に登場した濃硫酸専用の 39t 積みタンク車で、全部で 62両が増備されました。

かつての足尾線では、銅を製錬する過程で発生する濃硫酸の輸送が活発に行われて、連日横浜港や京浜工業地帯に運ばれていたそうです。

タキ 29312は、新製後ずっと足尾線で活躍してきた車両で、1989 年の足尾線廃止後は小坂鉄道で使われていました。